私がいなくても世界は何も変わらない。だから私は生きる。

 私だけでなく、恐らく、どんな人だろうと一人ぐらいいなくても世界は何も変わらないと思います。私がいない世界と私がいる世界を比べることはできないので、どれくらい違うのかはわかりませんが、私がこれから相当影響力のある人物になったりしない限り、何も変わらないと思います。また、多くの人に影響を与えているような人であったとしても、その人がいる世界といない世界ってそんなに違わないと思います。影響があるとしても過去未来の膨大な時間と宇宙という広大な空間からすればその影響は限定的だと思います。大きな流れのようなものは変わらないのではないでしょうか。

 例えば、私がブログを書かなくても書いても、私が今とは違う大学に行っていたとしても、全く違うことをしていたとしても、そして、存在しないとしても、何も変わらないそんなふうに思います。自分が他の選択肢をとった、自分が元々生まれてこない、そんな世界を再現できるのだとしたらいつか見てみたいですね。

 どうせ何も変わらないのなら、とりあえず生きてみよう。それで、その時々でやりたいなと思ったことをやってみようと思ってます。人生は自己満足だと思います。どれだけ素晴らしいことをしたと思っても、それは私がやってもやらなくても何も変わらなかったことなわけです。それならばどんなに素晴らしいことよりも自分のやりたいと思ったことをやればいいと思っています。素晴らしいことがやりたいことなら素晴らしいことをやればいいし、周りが無駄と言ったってそれがやりたいことならそれをやればいいと思ってます。だって何をやろうと何も変わりはしないから。

 ここで何も変わらないと言っていますが、これは本心であり、本心ではないです。私が何をするかはちっぽけではあるかもしれませんが、私の周りの人をそして、回り回って世界を変えると思ってます。そして私の人生だって、何をするかによって大きく変わると思ってます。でもそれはあくまで私の生きる狭い範囲の狭い期間だけ。千年後、一万年後、一億年後の世界は恐らく何も変わらないし、遠く離れた星には何の影響もないと思います。

 どうせ自己満足の人生ならば、本当は最高に満足な人生を送りたい。今はそのために頑張りたいと思ってます。でも、途中で疲れちゃって、最期の瞬間に嫌なことばかり思い出して、後悔ばっかりの人生だったなと思っても、一つでも美味しかった食べ物とか、自分に関わってくれた人のこととか、綺麗な景色とか、楽しかったことを思い出せればそれがどんなにくだらないことだとしても、いいかなと思ってます。

 どんな最期を迎えるのか今は想像もできません。出来れば最高の自己満足で終わりたいですが、一人寂しく人生ってこんなもんかって最期を迎えるのも、泣き笑いしてる人に囲まれながらくだらない人生だったけどそれなりに楽しかったなーって笑いながら迎える最期もどんな最期も「私らしい」最期になると思います。日々を楽しんで、そして、最期を楽しみにして明日からも私らしく生きていきたいです。

 

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