他人から幸せの定義を強要される世界 社畜?ラットレース?起業?投資?ブログ?

 特に最近になって、投資をしようだとか脱社畜とか、フリーランスになろうだとか、ブログを書いて副収入とか、仕事を辞めようとかそういった子を聞くことが多くなった気がします。また、FIRE(Financially Independent Retire Early)なんていうのも聞くんじゃないでしょうか。別にそれが悪いことだとは思いません。人に勧めたりするのも相手に判断の余地を残しているならいいと思います。

 ただ、投資しない人であったり、ずっと仕事をしている人をラットレースから抜け出せないだの、社畜だのと負け組のように扱って悦に浸るのはいかがなものでしょうか。仕事をして、消費をして、また、仕事をしての繰り返しがそんなにいけないことなのでしょうか。若いうちから、遊ぶのを幾らか我慢して投資したり、貯蓄したりするのがそんなに偉いことなのでしょうか。私は、投資したり、フリーランスでやって行ったり、ブロガーで生活していったり、アーリーリタイアを目指したりして、それを実現させるのはすごいことだと思います。ただ、それが偉いことだとも、幸せだとも、人生の模範解答だとも思いません。もしそれを強要したり、それをしない人を馬鹿にする人がいるなら、それは今まで自分がされてきて嫌だったことをまた人にしようとしているのではないでしょうか?いい大学を出て、いい会社に入って、定年まで働いて、その間に結婚したり、子供を持ったり、家を買ったりするのが今までは幸せのスタンダードだったのだと思います。でも、そんな「普通」を押し付けられるのが嫌で、仕事をしたくなくて、飲み会も行きたくなくて、上司が嫌いで、だからいかに仕事を早く辞めるかを考えて、投資をしたり、ブログをやったりしてるのではないでしょうか?

 でも、それは万人には当てはまりません。仕事を好きな人もいます。別にアーリーリタイアしたくない人だっています。幸せは人それぞれです。アーリーリタイアして、質素倹約な生活をずっと続ける人生も、入ってきたお金をすぐに散財するような人生もどっちもいいじゃないですか。なぜ、仕事を好きじゃダメなんですか?先細りでもいいから、若い頃に遊びまくる人生がなんでダメなんですか?仕事のストレスを、仕事で得たお金で発散する、その繰り返しの人生がなんでダメなんですか?人生の幸せを勝手に定義して、人に押し付けるのはやめたほうがいいと思います。どちらも得しないんじゃないでしょうか。未来は誰にもわかりません。株が紙切れになるかもしれません、お金の価値が0になるかもしれません、命がいつまで続くかわかりません。未来のために何かをするのも大事ですが、今を生きてる自分も自分です。今を我慢して、手に入れた未来にどれほどの幸せがあるのかなんてわかりません。将来のことを考えてだの、スキルを磨くだの、そんなことを考えず、ただダラダラしたり、行き当たりばったりに生きる人生もなかなか乙なものなのかもしれませんね。

 

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